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エイサー太鼓製造理念
●弊社はエイサー太鼓の本場沖縄市で長年にわたり
エイサー太鼓と三味線を製造修理販売して参りました、
沖縄市とはエイサーの盛んなエイサーの本場であり
沢山の有名なエイサー団体がありエイサーの中心地であります、
昔そもそもエイサー団体が初めて沖縄に誕生してからは
明治、大正、昭和、平成と時代の流れとともに沖縄で沢山の
エイサー団体が次々と誕生してエイサーの様々な行事が行われてきました、
それと同時にエイサーの歴史と文化が発展し続けてきたわけです、
現在エイサー団体は沖縄だけに止まらず、日本中〜世界中へと広がり
沖縄エイサーの人気は上昇傾向をたどる一方です
エイサー太鼓のユーザーはこれから世界中にもっと広まることは間違いありません
今では沖縄を中心に世界中で沢山のエイサー太鼓のユーザーがいます。
●近年沖縄ではエイサー太鼓を安売りする業者が増えてきましたが
他の業者ではただ太鼓をユーザーに安売りするというだけでその後
太鼓が破損した場合ユーザーなどにアフター(修理)
対応を直接行っていない業者がほとんどです、
弊社はただユーザーに太鼓を安く売るだけではなく
昔からの太鼓と三味線の製造元であり太鼓が破損した場合の
太鼓胴の修復作業や皮が破れたり長年太鼓を使用して皮が
伸びたりした場合の皮の張替え作業なども直接、(アフター)
対応行っています、昔からの製造修復方法でこれまでに
沢山のエイサー太鼓の製造修復を行ってきました
又これからの時代にあうエイサー太鼓(和楽器)を造りだして
太鼓を愛用している方々に提供してよいお手伝いができるよう
これからも力を入れて太鼓造りを頑張っていきます。
二代目太鼓師 新崎律雄

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二代目太鼓師 新崎律雄 現在に到るまでの経歴
●1968年 コザ市 (現沖縄市)
生まれ ●小学生の半ば頃から沖縄市の泡瀬エイサー子供会でエイサーを習い始めて初めてエイサーの伝統行事を経験する
●中学生頃から家業の太鼓屋さんの仕事の手伝いを始めて、初めて太鼓造りを学んで20代の半ば頃迄太鼓屋の仕事も時々手伝い経験する
●18歳から沖縄市のエイサー団体(泡瀬第三青年会)に入会沖縄の伝統行事エイサーを本格的に習い始めてエイサーの素晴らしさに色々興味を持ちはじめる
●20歳から東京で建築関係の仕事をしながら夏場には沖縄に帰郷して地元でエイサー活動に参加をしてまつりINハワイ、全島エイサー祭り、エイサー道ジュネーなど沢山のエイサー祭りに参加してエイサーの素晴らしさを経験する
●25歳に沖縄市のエイサー団体(泡瀬第三青年会)を引退、同時に本格的に太鼓屋の社員に加わり太鼓と三味線の製造修理販売の技術の細かい部分を本格的に学び始める ●27歳〜28歳迄の2年間、知人の誘いを受けて、
旧具志川市の宮里青年会でエイサー(三味線地謡)を勤めて具志川市のエイサー祭、エイサー道ジュネーなどに加わり再びエイサー活動に参加をして三味線に興味を持ち始める ●太鼓、三味線の仕事を継続しながら色々な細かい 製造修復販売の 技術を学びながら現在に至る |
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